長崎、沖縄と友好都市関係にある福州市。そんな日本とも馴染みの深い国の出身者が多数会員登録しています。 やはり人となりを知るには、少しでもその国に興味を持つのが一番です!
福州市の概要
福建省の省部である福州市は、面積が約1万2000k?u、人口が約590万の都市です。地域的には福建省北東部の沿岸地域に位置し、台湾海峡
を挟んで台北と向き合っています。アクセス面では、福州長楽国際空港が国内40の主要都市とつながっているほか、シンガポールやクアラルンプ
ールへの国際線も運行されています。気候は1年を通じて温暖で雨にも恵まれているため、市内には緑が多く見られ、野菜や果物などの農作物も
豊富に生産されています。また、街の通り沿いに古くからガジュマル(榕樹)の木が植樹され、特徴的な景観をつくっていることから、福州は「榕城」
(ガジュマルのまち)とも呼ばれています。
福州市は古くから貿易が盛んだったことから海外へ渡る人が多く
おり、海外に住む福州出身者は世界50以上の国と地域に250万人
以上いると言われています。1984年の対外開放後、福州市は外資
導入を協力に進めましたが、このときに積極的に投資をしたのが、
海外に住む福州出身者であり、現在の経済発展に大きな役割を果
たしています。福州市の2004年のGDPは1548億元で前年比13%の
伸びを記録し、中国の他の沿岸都市と同様に著しい経済成長を遂
げています。
台湾には60万人の福州出身者が住んでいると言われ、彼らは今もなお福州と台湾の経済的なつながりを強めています。
福州市の友好都市
福州市は、現在6つの都市と友好都市提携を結んでいますが、うち日本の都市が2つあります。1980年に初めて友好都市提携した長崎市と、そ
の翌年に提携した那覇市です。いずれも歴史的なつながりが縁となって提携に至り、新たな交流が生まれています。
長崎市の場合は、市内に居住するほとんどの華僑の出身地が福建省であり、長崎の中国文化がいわば福建省からもたらされたといえることか
ら結ばれました。また、長崎の四福寺(崇福寺・興福寺・聖福寺・福済寺)の本山(萬福寺)が福州市に現在していることも、両市をつなぐきっかけ
となりました。両市では、水産業や水道事業の技術協力にかかる研修員受け入れや専門家派遣が行われ、民間レベルでもアマチュア無線の交
流が行われるなど、着実に相互の理解と信頼を深めています。
那覇市の場合は、両市が14世紀から中国と琉球王国を結ぶ交流の拠点としてつながっていたことから結ばれました。両市は友好都市提携して
以来、学術・スポーツなどの分野で交流を活発に行い、今も両市の小中学生を相互に派遣する「児童生徒交流祭」が、毎年開催されています。ま
た、那覇市内には友好都市提携10周年を記念して作られた「福州園」という中国庭園があり、「国家歴史文化名城」にもしていされている復習の
名城が再現されています。
福州市の歩き方
最も華やかなのが五四路と五一北路を中心とするエリアです。ショップや飲食店などのほか、ホテルが集中する五一北路周辺からなら主な見 所へは歩いて行くこともできます。福州の見所は多いが、記念館や博物館以外は自然風景区での散策がメインとなるので、歩きやすい身軽な格 好でお出かけするのが良いでしょう。特に福建独特の雰囲気を今に残す烏山周辺がお勧めです。
■ 林則徐記念館(リンザーシュージーニィェングァン)郷土の英雄・林則徐を称えた記念館
1905年に林則徐が祭られた祠堂を記念館として再整備したもの。1785年福州に生まれた林則徐は、19世紀
後半に中国で大きな社会問題となったアヘンの撲滅に尽力した清朝末期の著名な政治家。1839年に欽差大
臣に任命されるとすぐさま、アメリカとイギリスが持ち込んだアヘン1185tを押収し、焼却した。それがきっか
けとなり、アヘン戦争に巻き込まれていく。数多くの石像や石刻が保存されている館内では、国民的英雄とし
て名高い彼の半生を絵とともにわかりやすく解説。
世にも珍しい巨岩怪石
市内中心部にある面積11.9万?uの広大な自然公園。標高86mの香炉峰を中心に広がる丘陵地帯には、天
章台や街天台、天台橋、八角亭、摩崖題刻をはじめ、200以上もの石刻が点在し、見事な景観を作り出して
いる。46体の仏像が彫りこまれた烏塔にも注目したい。
1000年以上前から続く福州を代表する観光名所
烏山の向かいに位置する千山を中心とした風景区。千山は漢代に何氏九兄弟が仙人になる修行を積んだ
場所とされ、九仙山とも呼ばれる。数多くの寺廟や塔などが点在するうち、特に有名なのが白塔寺、九仙観
大士殿、戚公祠の4ヶ所。また、風景区内では太極拳やバドミントン、麻雀などを楽しむ人々も多く、福州市民
の日常を垣間見ることもできる。